万延

万延まんえん旧字体萬延󠄂)は、日本元号の一つ。安政の後、文久の前。大化以降224番目、240個目の元号。1860年から1861年の期間を指す。この時代の天皇孝明天皇江戸幕府将軍は徳川家茂

改元

なお、この改元の際に朝廷や幕府の一部には翌年は辛酉革命による改元の年(かつ当時の慣習で辛酉改元は2月に行われる事になっていた)なのに、1年足らずのための改元はおかしいとする異論が出されたものの、黒船来航以来の国内の混乱に危機感を抱いた孝明天皇の強い意向を受けて行われたのだという[1]

出典

後漢書馬融伝の「豊千億之子孫、歴載而永」から。

万延年間の出来事

元年

西暦との対照表

※は小の月を示す。

万延元年(庚申 一月 二月※ 三月 閏三月 四月※ 五月※ 六月 七月※ 八月※ 九月 十月※ 十一月 十二月
グレゴリオ暦 1860/1/23 2/22 3/22 4/21 5/21 6/19 7/18 8/17 9/15 10/14 11/13 12/12 1861/1/11
ユリウス暦 1860/1/11 2/10 3/10 4/9 5/9 6/7 7/6 8/5 9/3 10/2 11/1 11/30 12/30
万延二年(辛酉 一月※ 二月 三月 四月※ 五月 六月※ 七月 八月※ 九月 十月※ 十一月※ 十二月
グレゴリオ暦 1861/2/10 3/11 4/10 5/10 6/8 7/8 8/6 9/5 10/4 11/3 12/2 12/31
ユリウス暦 1861/1/29 2/27 3/29 4/28 5/27 6/26 7/25 8/24 9/22 10/22 11/20 12/19

脚注

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  1. ^ 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院、1998年) ISBN 4-87294-115-2 P283-286

関連項目

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四字元号
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  • 寿永1183-1184
  • 106元暦1184-----
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  • 北1正慶1332-1333
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注1:元号の前の数字は南朝を正統として数えた番号。後の数字は元年と末年に対応する西暦赤背景の改元は和暦では年末だが西暦では年始の時期に行われており、換算に注意を要する。
注2:「白雉」は孝徳天皇崩御の年までとされる。
注3:「朱鳥」は天武天皇崩御の年のみとされるが、『万葉集』によると687年から694年まで続いたとされる。
注4:「天平感宝」は元年のうちに改元されたため、後の時代には使われない。
注5:源氏政権の「寿永」は元年に代えて使用開始年を記し、「正平」は南北統一の年と再分裂の年を、「観応」は復活の年をあわせて記す。
注6:「天正」元年以前の西暦はユリウス暦、「天正」末年以後はグレゴリオ暦による。
注7:「明治」以後は一世一元の制が採用されている。
注8:「昭和」は1947年5月3日の日本国憲法の施行により、元号の法的根拠は消失した。その後、1979年に制定された元号法附則第二項において『昭和の元号は、本則第一項(『元号は、政令で定める。』)の規定に基づき定められたものとする。』とされ、元号の法的根拠が明記された。